高校受験に失敗。
大学受験に失敗。
浪人も失敗。
学生時代の私は、勉強を甘く見ていた。
校内テストは真面目に取り組んでいたため内申は悪くなく、先生からは指定校推薦で立命館や法政を勧められた。
それでも「地方国立に行ける」と思い込み、推薦を断って一般受験を選択。
結果は不合格だった。
河合塾で浪人し、夏休み後の模試までは第一志望A判定。
河合塾全統模試では数学偏差値67まで伸び、「これなら受かる」と本気で思っていた。
しかし、夏以降は総合点が下がり始めた。
何が悪いのか分からない。
努力しているのに結果が出ない。
「自分には勉強のセンスがない。」
そう思い込み、秋からは塾にも行かなくなり、家に引きこもるようになった。
当然、結果は不合格。
センター試験も6割に届かず、現役時代とほとんど変わらない点数だった。
当時は本気で人生が終わったと思った。
将来への希望も見えず、すべてを失ったような気持ちだった。
そんな絶望の中でも、祖母だけは私を信じて支えてくれた。
浪人の学費もすべて出してくれた。
しかし、私が学生のうちに祖母は亡くなった。
「親孝行はいつでもできる。」
そう思っていた自分を、今でも後悔している。
年に1回帰省すれば十分だと思っていた。
でも、人はいつ何があるか分からない。
だから今年からは年に2回は実家へ帰り、親との時間を大切にすると決めた。
そして、私の人生が変わったのは社会人になってからだった。
人生を変える最後のチャンスは、就職活動だった。
大学2年生からインターンに参加し、人事へ何度も熱意を伝え続けた。
その結果、電力会社への入社を勝ち取った。
私の大学からその電力会社へ入社したのは、当時私一人だけだった。
後に後輩も続いたが、最初の合格者は私だった。
しかし、私にとって電力会社はゴールではなかった。
人生を変えるための切符。
そう考えていた。
社会インフラを支える仕事で経験を積み、その肩書きと実績を武器に次のステージへ進む。
そのために必死で働いた。
入社して驚いた。
周りには東京一工、早慶、旧帝大、上位国立大学出身者が当たり前のようにいた。
「自分だけ場違いじゃないか。」
そう思うこともあった。
それでも仕事を覚え、必死に食らいついた。
そして運にも恵まれ、退職前の数か月間は本店勤務を経験した。
同じ部署には、
東京科学大学(旧東京工業大学)、東京大学、名古屋大学、大阪大学、京都大学。
しかも、その多くが大学院卒だった。
学歴では何一つ勝てない。
でも、高校受験に失敗し、大学受験にも失敗し、浪人にも失敗した私が、その人たちと机を並べ、同じ仕事をし、同じ食堂で食事をしていた。
学生時代の自分からすれば、信じられない景色だった。
その経験を武器に、私はGAFAMへ転職した。
年収1,000万円を達成し、都内へ上京した。
高校受験に失敗しても。
大学受験に失敗しても。
浪人に失敗しても。
人生は終わらない。
高学歴ではなくても、逆転できる。
もし今、学歴にコンプレックスを抱えているなら、私はデータセンター業界という選択肢を勧めたい。
これからも需要は伸び続け、電気・設備・ITの経験を積めば、大きくキャリアを変えられる可能性がある。
私自身、その業界で人生が変わった。
だから胸を張って言える。
人生は、社会人になってからでも逆転できる。
そして、もう一つ伝えたいことがある。
親孝行だけは、後回しにしないでほしい。
人生は何度でもやり直せる。
でも、大切な人と過ごせる時間だけは、二度と戻ってこない。